PAKSA's Diary PART1
Hi! What‘s up!
あっ!ごめんごめん。
長い間こっちにおると自然に英語がでてしまう。まあご勘弁を。今日から少しずつ僕のアメリカ滞在日記を書いていきますのでみんなお付き合いたのむで。ほんなら初日は飛行機編と観光編にわけてお送りいたします。
4月21日(土)
ついに出発の朝が来た。昨日の夜は変な奴(通称:大山)からのメールが入り、成田に来るといった。しかし絶対こないと確信していた。それはなぜか?理由は簡単だ。あいつが大山だからだ。まあ変な奴の話はおいといて、本題にはいります。
東京はあいにくの雨だった。結構降っていたので飛行機がでるか心配だったが、その心配もむなしく定刻通りに飛行機は出発した。出発するまえにまず、アメリカいくのに心配が二つほどあった。それは自分が高所恐怖症ということと、英語力が極端に低いということだった。さっそく出発した瞬間からすごい事件に遭遇した。
なんと自分の席にアメリカ人が堂々と座っているではないか!しかし自分のなかではなにかの間違いだと思い、何回も確認するがやっぱり自分の席であった。どうするべきか。悩んだ末に”excusu
me,here is my seat”言おうとした瞬間に、そのおばさんがなにかをいってきた。はっきり言うが何を言っているか全然わからんかった。
すぐさまに出た言葉が”OK!”だった。そのおばさんも”sorry”と言い、素直にどいてくれ、ガムをくれた。こうして予期せぬ事態を自慢の英語力で自力で解決し、初めての見知らぬアメリカ人との会話を成功させた俺は”なんや、全然英語通じるやん。”と、初めて自分の英語力に自信をもってしまった。しかし、これが後におこる悲劇のスタートとは誰にも予想できなかった。このへんはまた後で話すとしよう。
そうしたなかついに飛行機が離陸した。まじで気持ち悪い。飛びながら、人はなぜ飛ぶことを考えたのだろう、なぜライト兄弟は飛行機をつくったのだろう、なぜ流体力学が発展したのだろう、などを考えていた。それと同時に、俺は数学科でいった西武遊園地をおもいだしていた。はっきりいって遊園地が大嫌いだ。なぜか?理由は簡単だ。大山だからだ。
理由はさておき、飛行機は上空で安定し、ベルトのサインも消えた。ここでまたもや、”飛行機って別にこわくないやん。”と、おもった。落ちたらどうしようかと考えた自分がばからしかった。新幹線ののぞみのほうが揺れがでかいとおもった。でもやっぱり帰りの飛行機もびびるやろうなとも思った。その瞬間、いきなり飛行機がむっちゃ揺れた。その時、思ったのは3月下旬に広島近辺でおこった芸予地震だ。地震がおこって机の中に逃げ込んだのもまじで初めての経験やった。それぐらい飛行機が揺れた。2、3分すると、機長さんが”非常に強いジェット気流にのったので予定より40分ぐらい早く到着します。しかし、相当の揺れを覚悟してください。”とアナウンスがあった。そんときまじで早くつかんでええから揺れを止めてくれと、つっこみをいれようと思ったが、たぶんつっこんでも大山並みの”はいはい(ひややかに)。”で終わりそうなのでやめた。
とりあえずのみもののサービスが始まったので、怖さをまぎらわそうとしてすかさずビールを頼んだ。見事にビールを頼んだのは俺ぐらいやった。しかしぜんぜん酔えんかった。オージョンやったら確実にダウンしていたはずやけどな。
そうこうしているうちに機内食がでてきた。チキンか牛丼を選べというので、チキンを頼んだ。なぜかというと、アメリカに行くときまでなんしに牛丼なんかくわないけんのんと思ったからだ。しかし困ったことにほんまにチキンだけで飯はなしということにきずくのに10秒かからんかった。”オーマイゴッド”と心のなかで叫んだ。やっぱり主食がライスなのでこれはけっこうショックやった。
あいかわらず飛行機はゆれていたがさすがにここまでくると慣れてきた。しかしトイレでは結構修羅場が待っていたけどな。あまりにも暇なので備え付けのテレビを見ることにした。音楽まで聞けるやつやった。しかし最近は音楽もあんまり知らんし、番組も圧倒的に演歌と洋楽ばっかりやったから、ビデオを見ることにした。”ザ・ダイバー”を見た。参考までにさすがにファーストクラスはいま日本で始まったばっかりの映画ばかりを上映していた。映画が終わる頃、日付変更線を超えた。そしてまた”ザ・ダイバー”を見た。ぜんぜんねれんかった。三回目の”ザ・ダイバー”を見るとさすがに違うチャンネルにかえた。
そうして8時間後やっと飛行場が見えてきた。エコノミー症候群になりかけたがなんとか若さと気合で乗り切った。しかし、もうひとつ問題が。入国審査に必要な書類をかくことやった。ちょのが住んどるところの住所はカリフォルニアやけど、スペルがわからんことにきずいた。まじで恥ずかしいがかわいいスチュワーデスさんを探して、手取り足取り教えてもらった。
>そしてついにロス空港に到着した。約束の時間まではまだ40分以上あった。余裕面で飛行機をおりて、入国審査に行くとすごい光景が目に飛び込んできた。なんと人間の長蛇の列であった。ぜんぜん前に進まんし、ちょのに電話をかけるのにも電話がない。まじであせった。1時間以上かかりやっと自分の番がきた。
この間にちょっとはなしはずれるが、この長蛇の列というのはアメリカのパスポートをもっていない連中の列であり、アメリカ人(またはパスポート保持者)はゆうゆうと違う場所から審査をうけていた。しかも審査する場所も多い。どう考えてもアメリカ人以外の人間の方が多いのになんでこんなに差があるんやと思った。やっぱり白人が有利なんやと思ってしまった。
結構緊張していたが前の日本人たちに日本語を話していたので余裕しゃくしゃく(しかも飛行機の中で体験済み)。顔も結構アジア系の人やった。しかしそんな余裕はいっきに吹き飛んだ。まず再入局許可書を見たことないのか、じっくり観察された。そしていきなり英語でマシンガンのように質問されたのだ。あたりまえだが何をしゃべっているのかさっぱりだった。でもなんでアメリカに来たんだというニュアンスだったので、唯一日本で覚えてきた”サイトシーイング”をここで使った。この意味は自分で探してくれ。特に大山。
すると何日ぐらい滞在するのかと聞かれたような感じがしたので、これは得意げに”テン
デイズ”と答えた。しかしもうちょっとで語尾に”ぐらい”といいそうになった。この意味も自分で調べてくれ。じょんろはわかるかな?”テン
デイズ”の意味。
ここまでは余裕だった。だがなにかをコンピューターに打ち込んだ後、画面になにかがでるまで猛烈に質問された。これはまじで一切わからんかった。しかも2回もおんなじ質問をくらった。”なにをいったらええねん”自分で自分につっこんだ。そして選んだ言葉が”I
don’t know”だった。きまずい沈黙がながれた。この間の3分ぐらいはまじでアインシュタインの相対性理論とはかけ離れていた。しかしまだなにも画面にでない。
そうするとその人はとなりで審査をしているごつい黒人に”でないな。forever”といった。まじで”これはさんまの説教部屋行きかー”とまじにびびった。そうするとその人が突然はんこを押し、”next”と、言い開放された。自分ではほっとしたが、そんなに適当でええんかーとつっこみたくなったが、やめておいた。あとは税関でちょのに頼まれた”スンゲ本”がばれるかもしれんという上安があったが、これはすんなりなんのチェックもなかった。これで晴れて外にでれると思い安心したが、ちょのとの約束の時間がだいぶ過ぎていた。探したがなかなかそれらしき人物がいない。勇気をふりしぼって後ろ姿がはげのやつを探すことにした。案外簡単に見つかった。そして感動の対面ができたのであった。
つづく。 ><